「また落ちた」
テストの日にその一言を聞くのが、だんだんつらくなってきていませんか。
半年、同じ級のまま。周りの子は進んでいる。本人も少しずつ言わなくなってきた。
現役のスイミングコーチとして、テストで落とす側から書きます。落ちる仕組みが分かると、見方がかなり変わるはずです。
先に言うと、受からない時期は珍しくありません
同じ級に数か月とどまる子は、普通にいます。半年動かない子もいます。
これは、その子の出来が悪いということではありません。級が上がるほど、そうなるように作られているからです。
落ちる仕組み:ひとつでも残ると受かりません
ここがいちばん誤解されているところです。
進級テストは、点数で合否を決めるものではありません。チェック項目がいくつかあって、その全部ができて合格という形が一般的です。
私のスクールでは、項目ごとに「○(できる)」「△(もう少し)」を付けた用紙をお渡ししています。全部○で合格です。
つまり、8つある項目のうち7つが○でも、ひとつ△が残っていれば不合格になります。
親御さんから見ると「あと少しなのに、また落ちた」が続くのは、これが理由です。実際、本当にあと少しなのです。
級が上がるほど、項目が増えます
しかも、上の級になるほどチェック項目は増えていきます。
泳ぐ距離が伸びるだけでなく、姿勢、呼吸のタイミング、手の戻し方、と見る場所が増えるためです。
同じ級に長くいるのは、それだけ難しいことに挑んでいるからでもあります。
では、なぜその項目ができないのか
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
練習不足でも、やる気がないわけでもありません。体が、思っている通りに動いていないのです。
人は、頭で描いた通りに体を動かせていません
本人は「言われた通りにやっている」つもりです。ところが実際の体は、その通りに動いていません。
これは水泳にかぎった話ではなく、どのスポーツでも起こることです。
目で見える部分なら、自分で気づいて直せます。手の位置がずれていれば、見て分かります。
でも目に見えない部分は、感覚でしかありません。そして水泳は、その「見えない部分」がほとんどを占めます。
しかも水泳は、支えのない状態でやります
もうひとつ、水泳には他の競技と決定的に違うところがあります。
足がどこにも着いていない、浮いた状態で動かないといけない。体を支える点がありません。
「見えない」と「支えがない」。この2つが重なると、こういうことが起こります。
- 入れなくていいところに、力が入ってしまう
- 浮いていないといけないのに、沈んでしまう
本人は一生懸命やっています。ただ、頭の中の動きと、実際の体の動きがずれている。それだけです。
だから、何度も同じ練習をします
直す方法はひとつです。頭の中と、実際の体の動きをすり合わせること。
そのために、何度も反復します。
「毎回同じことばかりやっている」と見えるかもしれません。でもあれは、進んでいないのではなく、ずれを埋めている最中です。
コーチは、そこで何をしているか
では、何度も同じ項目で止まっている子に、コーチは何をしているのか。
大きく2つです。
① 細かく分ける
普段は「1」として教えているところを、その子には0.2ずつ、5つに分けて教えます。
かみ砕く、という言い方が近いかもしれません。
こうすると、いいことが2つあります。ひとつは分かりやすくなって、できるようになること。もうひとつは、「できた」の数が増えることです。
大きなひとつが遠くても、小さな5つなら、ひとつ目はすぐ届きます。
② 伝え方を変える
表から教えてだめなら、裏から。それでもだめなら、横から。
変えるところはいくらでもあります。
- 伝え方を変える
- 言葉や表現を変える
- 触ってあげる場所を変える
- 意識してもらう場所を変える
決まったやり方はありません。同じことを言っても、伝わる子と伝わらない子がいます。
考えて、工夫して、また考えて、変えて。その繰り返しです。
だから、しばらく止まっているように見えても、コーチは手を変え品を変えやっています。そこは信じてもらえたらと思います。
合格ラインは、クラブやコーチで変わります
もうひとつ知っておいてほしいことがあります。
合格の基準も、見ているところも、クラブやコーチによって変わります。
同じ「クロール25メートル」でも、とにかく泳ぎ切れればいいとするところもあれば、姿勢が崩れていないかまで見るところもあります。
だから、よそのスクールに通う子と級を比べても意味がありません。「あの子はもう3級なのに」は、比べる相手が違います。
落ちた=できない子、ではありません。ここは強く言っておきたいです。
コーチに聞いてください。ただ、聞き方があります
「なんで落ちたんですか」と聞きたくなる気持ちは、よく分かります。
ただ、その聞き方だと、コーチは身構えます。話が「合否の説明」で終わってしまい、いちばん知りたいことが聞けません。
この聞き方が、いちばん早いです
「今、どこを練習しているところですか?」
これだけで、コーチは具体的に答えられます。今つまずいている項目と、そこをどう練習しているかが返ってきます。
親御さんが知りたいのは合否の理由ではなく、この先どうなるかのはずです。それならこの聞き方のほうが、ほしい答えが返ってきます。
用紙が出るなら、そこに全部書いてあります
テストのあとに用紙をもらえるスクールなら、それを見てください。
どの項目が○で、どこに△が付いたのかが並んでいます。△が付いた項目こそ、今その子が練習している場所です。
コーチの所見欄があれば、そこも読んでみてください。
落ちた日にも、できるようになったことがあります
ここからが、いちばん伝えたいところです。
不合格だった日でも、その子は必ず何かできるようになっています。
- 自分で体を拭けるようになった
- 泣かないでできるようになった
- 新しいお友達ができた
- コーチの話を最後まで聞けるようになった
去年はできなかったことばかりです。
親から離れて、知らない場所で、知らない先生の話を聞いて、1時間過ごしてくる。それだけでも子供は大きなことをしています。
比べるのは、他人ではなく過去の自分
兄弟でも、同じクラスの子でも、比べた瞬間に子供は苦しくなります。
比べるのは過去のその子です。先月よりできていれば、他の子より遅くても問題ありません。
落ちた日にこそ、言葉にしてください
正直に言うと、これはとても難しいです。テストの結果は目に見えるので、どうしてもそこを見てしまいます。
それでも、合格以外の成長を見つけて言葉にできる家庭は、やめません。
「体を拭けるようになったね」。落ちた日にそう言えるかどうかが、続くかどうかを分けています。
やめるかどうか迷ったら
やめる理由は本当にいろいろあります。他の習い事との兼ね合い、コーチと合わない、送迎の負担。
ただ、たくさんの家庭を見てきて思うのは、根っこはひとつだということです。
続ける理由が、見つからないこと。
お友達に会えるから。コーチが好きだから。この前より少し進んだから。理由は何でもかまいません。「やめたい理由」も「続けたい理由」も、探せばいくらでも見つかります。どちらを探すかで結果が変わります。
続ける家庭とやめる家庭の違いは、水泳が続く子・辞める子の違いにもっと詳しく書きました。
よくある質問
Q. 半年進級していません。おかしいですか
おかしくありません。級が上がるほど項目が増えるので、止まって見える時期は必ず来ます。心配なら、合否ではなく「今どこを練習しているか」をコーチに聞いてみてください。
Q. テストの前に家でできることはありますか
△が付いている項目を、お風呂で真似してみるくらいで十分です。ただし親が教え込むのはおすすめしません。プールで習っていることと違う言い方をすると、上に書いた「頭の中と体のすり合わせ」が余計にこじれます。伝え方はコーチが何通りも試しているところなので、家では任せてもらったほうが早いです。
Q. 本人が「もう受けたくない」と言います
テスト直後の言葉は、そのまま受け取らなくて大丈夫です。数日たってからもう一度聞いてみてください。それでも同じことを言うなら、そこで初めて話し合う場面です。
Q. コーチに相談するのは、モンスターペアレントだと思われませんか
思われません。むしろ聞いてもらえるほうが助かります。ただ「なぜ落としたのか」ではなく「今どこを練習しているか」で聞いてください。それだけで、まったく違う会話になります。
Q. 進級テストの緊張で力が出せないようです
緊張は止めなくて大丈夫です。むしろ「緊張するものだよ」と先に伝えてあげてください。詳しくは試合で緊張する子にかける言葉に書きました。
まとめ
- 受からない時期は珍しくない。級が上がるほど止まって見える
- 体が思った通りに動いていないだけ。水泳は見えない部分が多く、支えもない
- 同じ練習の繰り返しは足踏みではなく、ずれを埋めている最中
- 項目がひとつ残るだけで不合格になる。「あと少し」は本当にあと少し
- 合格ラインはクラブやコーチで変わる。よその子と級を比べない
- コーチには「今どこを練習していますか」と聞く
- 用紙が出るなら△の項目を見る。そこが今の練習場所
- 比べるのは他人ではなく、過去のその子
- 落ちた日にも、できるようになったことを言葉にする
進級テストは、その子の価値を決めるものではありません。今どこを練習しているかを教えてくれる紙だと思って見てもらえたら、親も子も、ずいぶん楽になるはずです。

